大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所観音寺支部 平成2年(ワ)26号 判決 1993年2月08日

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一、原告の請求

被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)につき、高松法務局観音寺支局昭和五六年七月八日受付第一〇一四二号をもってした昭和五六年七月七日売買を原因とする所有権移転登記を原告の持分九分の一、被告の持分九分の八とする更正登記手続をせよ。

第二、事案の概要

共同相続人の一人が単独相続登記を経て本件土地を被告に売却したが、他の共同相続人の一人である原告は、買主の被告に対し、本件土地につき自己の相続分に基づく登記請求をなして訴訟上の和解をした後、さらに他の共同相続人の相続分九分の一を譲り受けたとして、同趣旨の登記請求をした事案である。

一、本件土地は、訴外亡中川タカ(明治八年四月一四日生、以下「亡タカ」という)の所有であった(甲三の4、四の1ないし4、弁論の全趣旨)。

二、亡タカは昭和二六年四月一一日死亡し、相続が開始した(甲三の4)。

亡タカの相続人は、六男中川政一(相続分三分の一、以下「政一」という)、養子中川孝光(同三分の一)、長女中川ヒサヱの代襲相続人である、長男原告、二男中川剛(以下「剛」という)、三男中田正身(いずれも相続分九分の一)である(甲三の1ないし9)。

三、被告は、本件土地につき、政一から昭和五六年七月七日売買を原因として、同月八日その所有権移転登記手続を経由している(争いがない)。

四、原告は剛から平成二年六月一日亡タカの相続分九分の一を譲り受けた(甲一、二、証人中川剛、原告)。

五、(被告の主張)

1. 剛は、遅くとも昭和五六年末、本件土地につき、政一が相続登記(昭和三二年一一月九日受付)を経由して、自己の相続権を侵害したことを知った。

したがって、民法八八四条前段により、昭和六一年末(五年間)の経過によって、相続権を根拠とする本件請求は時効によって消滅した。

2. 亡タカの相続は、昭和二六年四月一一日に開始した。

したがって、民法八八四条後段により、昭和四六年四月一一日の経過によって、相続権を根拠とする本件請求は二〇年間の除斥期間の満了によって消滅した。

3. 剛は、同人が成人に達した昭和三六年一月二日以降において、亡タカの遺産相続につき、事実上の相続放棄をし、政一の占有と相続登記を長期間黙認してきた。被告は、昭和五六年六月一日、政一の相続登記を正しいものと信頼して買い受けた善意の第三者であるから、民法九四条二項の類推適用により保護されるべきである。

4. 原告は、昭和六三年八月二日、高松高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一二二号所有権更正登記手続請求事件の和解において、被告に対し、本件土地が被告の所有に属することを確認した。

したがって、原告が剛から、同人の亡タカの相続財産に対する相続分を譲り受けたとしても、本件土地について、その相続分を主張することは、信義則に反し許されない。

5. 政一は遅くとも昭和四〇年一月一日から昭和五六年七月八日まで、被告は同日から昭和六〇年一月一日まで、それぞれ本件土地を占有した。

したがって、民法一六二条一項により、被告は本件土地を時効取得した。

六、(原告の主張)

1. (被告の主張1、2につき)

政一は、自己の外に相続人がいることを知っていた悪意の占有者であるから、相続回復請求権の消滅時効を援用できない(最判昭和五三年一二月二〇日)。

また、民法八八四条は相続人間に適用され、第三者には適用がない。

2. (被告の主張3につき)

剛は、政一の相続登記を長期間黙認したことはない。また、被告は政一から昭和五六年七月七日本件土地を買い受けたものであって、原告は、同年六月一二日ころ、本件土地売買の仲介業者を通じて被告に対し、政一の相続分は三分の一しかないこと、原告と政一との間で亡タカの相続を巡り調停中であることを知らせたので、被告は善意の第三者とはいえない。

3. (被告の主張4につき)

原告は、和解の際、原告の相続分(持分)九分の一の限度において、本件土地が被告の所有であることを認めたに過ぎず、他の共同相続人の相続分は和解の対象になっていない。

したがって、剛の相続分を譲り受けてその相続分を主張することは、信義則に反するものではない。

4. (被告の主張5につき)

政一は、本件土地につき、原告らの承諾なく相続放棄書を偽造して所有権移転登記手続を行っているので、政一の本件土地の占有は、所有の意思をもって平穏・公然になされたものではない。

5. (被告の主張5につき)

次の事由により、取得時効は中断した。

(一)  政一は、昭和五〇年一一月、亡タカの相続人である剛らに対し、亡タカの相続財産である土地の一部が道路になるので、その手続きに協力するため相続放棄を求めた。

したがって、政一は、亡タカの全相続財産について、剛の持分があることを承認した。

(二)  政一は、原告に対し、昭和五六年六月一三日、本件土地を売却させて欲しい旨懇願した。

(三)  原告と政一間の高松家庭裁判所観音寺支部昭和五六年(家イ)第三四号親族関係調停申立事件において、昭和五六年七月九日、政一は原告、剛及び中田正身に対し、亡タカの遺産相続問題解決のため合計二五〇万円を支払う旨述べた。

(四)  政一は、原告の父に対し、昭和五七年一月一三日、剛が亡タカの相続分を放棄するように説得することを依頼した。

七、(主要な争点)

1. 被告及び原告の各主張1ないし5の当否

第三、争点に対する判断

一、被告(及び原告)の主張1につき

1. 政一は、本件土地につき、昭和三二年一一月九日相続を原因として所有権移転登記を経由したが、剛は、遅くとも昭和五六年末に右事実を知った。

原告は、平成二年一〇月一日の本件口頭弁論期日において、相続回復請求権の消滅時効を援用した(以上の事実は争いがない。)。

2. ところで、民法八八四条(相続回復請求権の消滅時効)は、共同相続人の一人甲が、相続財産のうち自己の本来の相続分を越える部分につき他の共同相続人乙の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続分に属すると称してこれを占有管理し、乙の相続分を侵害しているため、乙が右侵害の排除を求める場合にも適用があるが、甲においてその部分が乙の持分に属することを知っているとき、又はその部分につき甲に相続する持分があると信ぜられるべき合理的事由がないときには、同条の適用は排除される(最判昭和五三年一二月二〇日)。

これを本件についてみるに、甲三号証の1ないし9によれば、亡タカの相続人は、亡タカの子である六男政一、長女中川ヒサヱの子である原告、剛及び中田正身、並びに養子中川孝光であることが認められるので、政一は、他に共同相続人がいることを知っていたと推認されるところ、共同相続人剛の持分が自己の属すると信ぜられるべき合理的事由の主張立証もないから、原告が政一に対し、本件と同趣旨の請求をしたとすれば、民法八八四条は適用されないと解される。

3. 同様に、政一から相続財産を譲り受けた被告も、政一の(特定)承継人として同人と同一の立場にあるから、原告の被告に対する本件請求につき、同条は適用されないと解するのが相当である。

二、被告の主張2(原告の主張1)につき

前記のとおり、原告の被告に対する本件請求につき民法八八四条は適用されないから、右主張はその余を検討するまでもなく失当である。

三、被告の主張3(原告の主張2)につき

1. 証拠(甲一三、証人中川剛、原告、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

剛は、昭和五〇年一〇月、政一から、亡タカの遺産である土地の一部が道路になるので、その手続きに協力したことがあり、自己が亡タカの相続人であることを知った。しかし、本件土地が亡タカの遺産であって、政一の登記名義になっていることを知ったのは、遅くとも昭和五六年末である。そして、昭和五七年夏ころ、原告から剛の相続分を譲ってくれないかとの申出があったとき、相続分譲渡の書類を持ってくれば何時でも押印して協力する旨答えていた。

2. 右認定の事実によれば、政一が本件土地を買い受けたと主張する昭和五六年六月一日当時、剛は、本件土地につき、事実上の相続放棄をして、政一の相続登記を長期間黙認していたとは到底認めることができない。

四、被告の主張4(原告の主張3)につき

1. 証拠(甲二八、二九、乙一、被告)によれば、次の事実を認めることができる。

原告と被告他七名間の高松高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一二二号所有権更正登記手続請求事件につき、昭和六三年八月二日、和解が成立したが、その和解において、原告は被告に対し、本件土地が被告の所有に属することを確認し(和解条項一項一号)、政一の訴訟承継人から一定の解決金を得た。右訴訟は、原告が、亡タカの相続により取得した自己の相続分九分の一を根拠に、被告に対し、本件土地につき、被告の所有権移転登記を原告の持分九分の一とする更正登記手続を求めたものである。

2. 右認定の事実によれば、原告は、右訴訟において、本件土地につき、自己の持分九分の一に基づく登記請求権の存否の争いにつき和解したものであり、剛の持分九分の一に基づく登記請求権の存否の争いは和解の対象となっていないから、剛がその権利を行使することは右和解により何ら妨げられることはないけれども、原告は、右和解で、本件土地が被告の所有であることを認めた当事者であるから、後日剛の相続分を譲り受け、原告自身がその権利を行使することは、右和解の趣旨に反し許されないというべきである。

原告は、右和解において、自己の持分九分の一の限度で、本件土地が被告の所有に属することを認めたに過ぎない旨主張するが、前記和解調書(乙一)によれば、原告は本件土地につき何らの持分権を有しないことを確認した(和解条項一項2号)だけにとどまらないことは明らかであるから、右主張は採用できない。

よって、取得時効の成否(被告の主張5及び原告の主張4、5)を検討するまでもなく、原告の本件請求は理由がなく棄却をまぬがれない。

物件目録<略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例